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Journey ~wherever I 'm~ 

足元削られないか 足元すくわれないか
いつも用心していなきゃいけない
いつの頃からそんな時代になったんだろう

正面からじゃなくて 死角から不意をつく
人の大切なものを悪気なく奪う
いつの頃からそんな時代になったんだろう

街中歩く人々は確かに寒さを凌いでいる
でも時としてそれが
24時間営業の神経過敏に映ってしまう
それは俺の投影か
誰もが完全なアンテナ張り巡らせて
誰もが安全な距離の測定に勤しむ
切なくなる俺ではあるけどその一員でもある

いつの頃から心を休められなくなったんだろう
みんな孤独で でもそれを言えなくて 
言える相手もいなくて みんな狂気になっていく
この悪循環断ち切るにはどうしたらいい
答えが簡単に出ることはないんだけど
道ははるか遠くまで続いていて消えていない
その先は点に見えるけど
そこに到着しても道は続いているんだろうな

終わりなんかありゃしない 
終わりなんかなくていい
歩き続けていきたい
ずっと ずっと 答えなんか出なくとも
微かな希望を据えながら
それでいいんだ

それが僕にとっての旅なんだ
どこにいたって

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sunrise 

現代の争いに疲れ果てた人を乗せ
時間通りに電車は今日もひた走る
向かいの仲間を見ては鏡のように感じて
疲弊している僕は今日もうつむく

夜空に見える星は光ってるだけで
そこに輝きを見出せない
無機質に歩く僕は寒さを凌ぐが
そこに改善の見込みはない

夢の中で心地良くしていたのに
朝の太陽が僕の時間を邪魔しにくる
その都度何度もタメ息つくけど
いつもと同じく緞帳が上がってく

「もうやめようか」と自分と相談するけど
それでも僕は「そうしよう」とは答えない
暗闇あるから輝きも浴びられる訳で
その両方がそれぞれ意味を担ってる

そのことが分かった時
僕の目は潤んで感謝の心が芽生えてきた
大きく広がる道を歩くテンポはいつの間にか
きれいなリズムを刻んでいた

「目をつむれなかったんですね」 

久しぶりに「情熱大陸」見ました。
今回の主役は、アフリカはスーダンで医師として働いている日本人男性。
元々は外務省医務官としてスーダンに派遣された身分であった彼は、その肩書きが
ある以上、綿密な医療行為ができないと痛感し、とった行動は医務官辞職。

「目をつむればそれはそれで済まされてたんでしょうけど、目をつむれなかったんですね」と、
笑顔で語る言葉は澄みきっていた。
年収下落はもちろんのこと、国政不安定な環境にあって身の危険とも隣り合わせ。
それでも彼は、医療不足に苦しむ過疎地で部族と同居することができている。

政府でさえその部族との宗教的相違のために恐れ、多くのスーダン人医師が現地出向を拒む
にも関わらず、彼は首長に「彼は我々の仲間だ」と言わしめるほどの大きな存在になっている。
日本人というハンディもあるだろうに・・・
「一緒に食することもいいんじゃないんですか」と言って、手でご飯を食べている彼。
「イスラム教徒じゃないですよ。日本人です。日本人です」と笑いながら、儀式に参列している彼。
本当に信用された者にしか触れさせないほど厳戒的な部族が、彼には全幅の信頼を
置いている所以はここにあるのだろう。
政府から派遣された地元医師より、よっぽど頼りにされている姿は凄まじく格好が良い。

とある時。事件が起きた。
宗教的相違からトラブルが起きた。部族VS政府。そして部族は、医療に欠かせない配水管を
切断した。
「子供がやったんだ」と責任逃れする大人たちに、「あなたたちが子供を教育しなければならない」と
真っ先に言う。「直して欲しい」と実直に。配水管の貢献度を知っているだけに素直に
「分かった」と言う大人たち。
しかし政府側はと言えば、「危険が伴っている。私たちは村には行きたくありません。それが
私たちの意見です」と。ここで彼は説得などもってのほか、黙々と彼らの思いに耳を傾けていた。

「“その時、その場が治まれば良い”では嫌なんですよ」
「いろんな意見が出てくることが大事であって、今日は良い話し合いができたと思いますよ」
その場凌ぎの対応などではなく、ひとつの国として自立した医療が構築されることが彼の思い。
「何かやれば」と力強く訴える彼の表情は希望に満ちていた。
決して自分ひとりで達成させようなんて大それたことは考えていない。
「自分がやることで何かにつながれば」という言葉から、
1日1日の生産的活動の積み上げこそが発展をもたらすことを窺い知ることができた。

今日を頑張れない人は一生頑張れない。
今日を頑張れる人には「明日」がプレゼントされる。

generate 

その知らせが届いて絶句した僕は
信じようとしなかったのかもしれない
信じたくないのは当然のことさ
ましてやあまりにも唐突なその知らせ

僕はあなたのそばにいて
あなたは僕に話しかけてきて
それに応える僕がいて
あなたが「そうか」と嬉しそうに驚いて

そんないつものやり取りが
刻銘に浮かばれた途端
涙が出てきて止まらなくて
どうしようもなくて

あなたの声を聞くことはもうできない
悲しいけど
あなたと定番のやり取りはもうできない
さみしいけど
それでもあなたの想いはこの胸の中で息づいているよ

そして僕は喜んであなたの無念を引き受けるよ
脆くはない
あなたの想いは簡単に途絶えない 

明くる日の朝は何かを称えるかのように
晴れてたよね
あなたの気持ちを表象してたのかな
あなたに会うことはもうできない
それでも僕はあの日の清明な空を信じるよ
きれいな空気を伝って
言葉は届くのかな
「ありがとう。引き受けるよ」 

ありがとう 

小雪の舞う街並みは
騒々しい人々で溢れている
せわしなく足早なその歩調はみな揃ってて
その行進に遅れをとらないようにと
僕も駅のホームへ向かっている

目まぐるしくいろんな表情を魅せる景色は
間もなく見慣れた情景にその姿を変えて
僕は安堵感を持つんだ
いつもの場所に帰ってきたよ

不思議にも声に出した訳じゃないのに
「おかえり」って笑顔で迎えてくれる人がいて
「ただいま」ってホッと応える僕がいる
2人を結びつけているのは決して揺るがない絆

それでも憩いの終焉は容赦なくおとずれて
「ありがとう」って感謝する僕がいて
「気をつけてね」って誰よりも心配してくれる人がいる
2人を結びつけているのは決して揺るがない絆

辺りが見慣れなくなるのに比例して
僕は少し切なくなるんだ
そんな時もう一度辺りを見渡すんだ
360度知らない人で溢れてるんだけど
ちょっとだけ安心するんだ

僕は1人じゃないって思うんだ
明日からまた頑張ろうって思うんだ
みんなに心から「ありがとう」って言うんだ
「勇気づけてくれてありがとう」って

モー。2009年。 

皆さま、新年明けましておめでとうございます。
しばらくご無沙汰している間に、クリスマス・大晦日も過ぎ、気づけば1月3日ですね。
遅ればせながら今年も何卒よろしくお願い申し上げます。

つい1週間ほど前から風邪をこじらせてしまい、1人自宅で唸っていました。
高熱は出るわ、一度始まった咳ラッシュはなかなか止まらないわ、お腹の調子も思わしくないわ…
「よし!良くなってきたぞ」と喜んだのも束の間、首筋がイタい…もしや…
予感は不運にも的中。
年末でほとんどの病院が休みに突入してる中、見つけた近所の耳鼻科にて。
「相当ひどいよ。リンパ腺が腫れてるからねえ」
↓↓↓
「あなた疲れ過ぎてるから、とにかく休みなさい」「安静にしなさいよ」
「それと栄養ね。しっかり栄養とりなさいよ」

ドッカーン!!名医のおかげで何とかある程度回復しました。
それにしてもこの度の年末年始は、また一味違った親のありがたみを感じました。
グッタリしてる時に助けてくれる人がいる。
帰れる場所がある。
家で寝てても、時間になればご飯を食べられる。
食べたらまた寝られる。
その前後では、作ってくれる人がいて、あと片付けしてくれる人がいて、
なおかつそれを当たり前の如くこなしている姿を目にして、母親って
「やっぱすげえなあ」と、つくづく思いました。

少し話は路線変更しますが、
どんなに辛くても、どんなにしんどくても、どんなに悔しくても
「帰れる場所がある」
これさえ揺るがなければ、日頃の埃やら垢なんて大したことないと思いますね。
それこそどれだけくだらないことでグダグダしてたものかと…

数年前に父から言われた言葉があります。
「いいじゃん。お前にはここがあるんだから」
この言葉がどれだけ僕を楽にさせてくれたことか、当の本人は分かってるんですかね!?

2009年。新たな1年の幕開けです。
「人との出会い」に貪欲だった昨年。ただねずみの様にチョコマカと少し無理してた部分も
あったように思います。
今年は「地道さ」を携えて、仕事・プライベート等など充実させていく所存であります。

どうぞ今年もよろしくお願いいたします。モーの如くの今年。

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